こんばんは!

 

皆さま早速前回の記事を
ご覧頂きありがとうございます。

 

多くの方に見て頂き
大変嬉しく思います!!!

 

より多くの方に見て頂けるよう
邁進していきますので
引き続き宜しくお願いします。

 

今日は前回に引き続き
Mさんのインタビュー記事の
連載を行います。

前回の記事(初期症状~病名特定)を
読み直したい方はこちらを
ご覧になって下さい。↓

インタビューNo.1 前縦隔腫瘍(胸腺がん)ステージ4と闘うMさん

 

それでは
インタビュー記事をどうぞ!

インタビューNo. 2 福岡大学出身のMさん

 

本日から福岡大学出身である
Mさんの特集を行います。

 

Mさんの事を簡単に
説明させて頂くと
大学卒業時には既に
お子さんを出産しており、
それ以来十数年家事や
育児をされている一方で
現在は病気の為、
休職されていますが
保険外交員→薬の営業→携帯会社
→冠婚葬祭会社営業など
いくつもの仕事を渡り歩いて
活躍された経歴を持つ
仕事と育児を両立された凄腕の方です。

 

そんなMさんと私の関係性は
同じ大学のゼミの先輩・後輩
という関係で正直な話、普通に
生活すれば関わる事のない
一回り以上も歳上の方ですが
私のゼミが上下の関わりを
重んじているゼミであり、
ご縁あってSNSで繋がったのが
出会いの始めですが

 

その後、私が悪性リンパ腫に
なった時に直接お会いした事が
無かったのにも関わらずMさんは
私のブログを読んで頂き、
お忙しい中いつも励ましのお言葉を
かけて頂きました。

 

闘病当時、会った事も無い
ゼミの後輩という関係性
なのにも関わらず、
励ましのお言葉を沢山頂き、
Mさんの優しさに何度も救われました。

 

そんな心優しいMさんが
余命1ヶ月の末期ガンを
去年10月から患っており、
現在も病気と闘われております。

 

Mさんの入院生活を見ながら
闘病されているリアルな情報を
発信すれば多くの方の「何か」を
変えるキッカケになるのではと思い、
今回の企画を立ち上げました。

 

(以下 インタビュー)

 

・Q4. (私)前回のインタビューで
初期症状~病名特定までを
お話し頂きましたが
当時の状況をもう少し
詳しく教えて下さい。

 

A4(Mさん)最初、会社の
朝礼前に近くで健康診断を
受けていた病院に行って、
肩こりかな?という背中の痛みで
レントゲン撮って、

「もうワンポーズ取らせて」と
言われてこれは何かあるなーと
嫌な予感がして、

「CTも撮りましょう」と言われて
順番を呼ばれるまで痛すぎて
ソファーで横になっていて
医師に呼ばれて診察室に入ったら

「骨は折れてなかったよ…。
骨はね…でもね…。」

と言われてレントゲンを見た時、
素人でも分かるくらい肺が真っ白で
「先生それなんですか、肺炎ですか?」
と聞いたら

「君のは熱出てないから
肺炎じゃないよ。」
と言われ
「まさか肺がんですか?」と聞いたら
「それを調べないとね。
すぐ大きな病院に行って下さい。」
と言われて色々考えながらバイクで
病院に着いたら、先にFAXで画像が
送られており、事情を把握した
看護師さんが車椅子で
待っていてくれて
「息苦しかったでしょう」と言われて
すぐベッドに寝かされました。

「今日出来る検査を今日しましょう。
会社にはしばらく行けなくなります。
明日旦那さんは来られますか?
会社は何ヶ月休むって書きますか?
3ヶ月とか書いたら、クビになる
会社もあるから、どうします?」

と言われて直ぐに悪性と疑っての検査が
病院で始まりました。痛みがあるのは
やっぱり悪性の疑いがあるとのことで。

「この直後に子どもの大学入試があるので」
と話したら

「そんなに待ってられませんよ…」

って静かに言われたのがとても
怖かったのを憶えています。
・Q5(私)ガンの宣告をされた時
ご自身の心境はどうでしたか?

 

 

A5(Mさん)予定がたくさん
ありますし、子ども達の事
ばかり浮かんでどうしよう…と
思いましたがどこか
受け入れられなくて
そんな訳ないよと思っている
自分もいたように思います。

ずっと元気にでいたのだから
「そんな簡単に
死ぬ訳ない。治る。」と
思っていました。

しかし一人になると不安で
たまらなくなっていました。

ガンにはいつかなるだろうと
思っていましたがそれにしては
あまりに早すぎるなぁ、と。

 

・Q6(私)ご家族や周囲の方々の
反応はどうでしたが?

 

A6(Mさん)主人から最初に
言われた事は、「弱みに
つけ込まれる病だからとにかく
気持ちを落とすな」と言われました。

「よっぽどの強い気持ちを
持ってくれ」と。

後は「目の前に出される食事は
食事ではなく栄養と思って
全部飲み干せ」と言われました。

また医師から「余命が1ヶ月ない」
と聞いてショックだった事を
主人が自宅に戻った後子ども達に
伝えていたらしく、その次の日
1番上の子は学校のテスト
だったのですが、突然居なくなり
学校にも登校せず警察に
届けるほどの騒ぎになりました。

結局1番上の子が私に会いに
病院に来た事が判明して
この一件は落ち着きましたが
これを機に
「ああ、私には守るものが
あるから頑張らなければいけない」
と奮い立たされる気持ちでした。

今では1番下の子の孫が出来た時
お世話が出来るくらい、また
私の母より先にはならないように

元気でいたいと思っています。

(以上 インタビュー)

 

いかがですか?

 

上記のMさんの様に
恐ろしい事に病気は
突然にやってきてきます。

 

皆様も経験ある人が多いのでは
ないかと思うのが
「いつもと何かが違う」
という違和感。

 

日常生活で違和感を感じ、
病院に行ってみると

風邪だった。
インフルエンザだった。
虫歯だった。
肉離れだった。

等々細かい違和感を
生きている内に何度も
感じていると思います。

 

例えばMさんの場合
・肩こりのような背中の痛み
(疲れが溜まっているのかな)

→呼吸もしづらい
(肺炎になっているかも)

→前縦隔腫瘍が見つかる。

 

例えば私の場合
・ひどい鼻づまり
(蓄膿かな、副鼻腔炎かな)

→口内の上部の骨が腐り
鼻と口を貫通する穴が開く
(何かおかしいが原因不明)

→約10ヶ月病院を回り
原因を特定できず鼻と口の
穴を塞ぐ手術を勧められ
手術前の検査を行う。
(数値的には異常ないから
重病ではないだろう)

→偶然悪性リンパ腫が見つかる。

 

Mさんも私も
「違和感があるけれども
まさか重病ではないだろう」
と思っていた矢先に突然
がんを宣告されているので
あまりに馴染みのない言葉に
当然頭は真っ白で
現実を受け入れる事が
出来ない状況でした。

 

そして病気は一刻を争うもので
追い打ちをかけるように
家族や周りの方々に自分の
置かれている状況を
告げなければいけません。

 

Mさんは旦那様が大変ショックを
受けられ、上のお子さんが突然
いなくなったりしていましたし
私は母親が泣いたり
友人が泣いてくれたりしました。

 

本人ですら受け入れられないのに
周りが受け入れられる筈もなく
私の闘病生活で最も辛い出来事の
1つでありましたし、Mさんも
かなり辛い状況だったと思います。

 

上記の様な自分ではどうしようもない
出来事というのは思わず目を背けて
しまいたくなると思いますが
そんな中で私が出した結論は

 

「今ある時間を一生懸命、
より濃く生きる」

という事です。

 

表現が過激かもしれないですが

・死の淵に立ったから
時間は有限だと知る。

・死の恐怖に触れたから
「大切なもの」を再確認出来る。

 

だからこそ、1日の質を
上げるために当たり前の事を
当たり前にこなす。

 

「大切なもの」に徹底的に向き合い
その為に時間を費やす。

 

この様な行動がとれた時に
自分の中で悔いのない生活が送れて
他者から見ても「カッコよく」
生きられるのではないでしょうか。

 

そして上記の様な生き方を
Mさんは今現在なされています。

 

・1日の質を上げるために
当たり前の事を当たり前にこなす

→ご飯を毎日美味しく完食する

 

・「大切なもの」に徹底的に向き合い
その為に時間を費やす。

→辛い状況下でも
家族やお見舞いの方々に
屈託のない笑顔で対応する。

 

逆境の中にいながら1つ1つの
行動を大事にされているMさんには
学ばせて頂く事が沢山あり、
皆様も強く逞しく生きている
Mさんから何か感じ取れる事は
あるのではないでしょうか?

 

そしてこのブログを通じて
強く逞しく生活されるMさんを
少しでも応援して頂けると
大変嬉しいです。

 

次回はMさんの病前と病後の
心境、モノの捉え方の変化に
ついてのインタビュー記事を
更新いたします。

 

それでは!